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2013年7月14日 - 2013年7月20日

2013年7月17日 (水)

薩川了洋が信頼する副官の存在

7月13日に南長野で行われた長野パルセイロ vs FC琉球の一戦は、長野の「新旧指導者対決」や薩川了洋が昨年の11月18日以来、257日ぶりにこの場所に戻ってくるということが多くの人の注目であった。しかし、個人的には薩川了洋より「この人」の地元凱旋の方が感慨深いものがあった。

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その人の名は小湊隆延。

長野パルセイロ、そしてFC琉球を応援する人以外、ほとんどその名を知らないと思われるが、今季から薩川氏とともに、FC琉球のヘッドコーチとして故郷、長野を離れて遠く沖縄の地でコーチとして選手を指導し、そして自らも「プロ」の指導者としてのチャレンジを続けている人物だ。

そしてこの人だが、長野パルセイロの前進である、長野エルザの元選手であり2000年からは監督とし指揮を執った人物でもある。さらに2002、2005年は北信越リーグで優勝を飾り、地域リーグ決勝大会進出を果たし、パルセイロの「礎」を築いた指導者の一人といっても過言ではなく、選手として監督として長野県国体選抜チームやフットサルチームに関わるなど、地方サッカーの発展に尽力を尽くしてきた人物でもあった。

しかし、長野エルザがプロへの道を進みだした2006年に、個人的な事情もあり一度はクラブを去った。だが忘れられないサッカーへの情熱、そしてクラブから要請もあり、2008年から再び指導者として帰ってきた。

これまでは、地方公務員として働きながらサッカーに携わってきた彼だが、この年からは退路を断ってクラブの職員として育成部の指導者としての道を歩みだした小湊氏。子供の頃から長野でサッカーを続け、本格的な指導者として帰ってきた今こそ、地域のサッカー少年に夢を与えたい、そしてみんなが愛してくれるクラブを作りたい… そんな思いが彼を後押ししてコーチングスタッフとして道をさらに突き進む事に。

そして2010年からはトップチームのコーチとして、薩川了洋を補佐する立場になった。

2歳年下の薩川氏を補佐することとなった小湊氏だが、現役生活のキャリア、そして指導者としてのステータスは、正直なところ大きな差があった。日本代表への選出こそなかったものの、J1リーグ311試合出場に天皇杯優勝(第78回大会)など、輝かしすぎる経歴を持ち、柏レイソルの下部組織で指導者としての道を歩み始めた薩川氏。それに対して、小湊氏の現役生活は北信越リーグどまり。

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経歴という面ではあまりにも差のある二人だったが、時には熱く、時には冷静にサツを支える「お兄さん」として、薩川氏から絶大なる信頼を得るには時間は掛からなかった。そして、熱心にいろいろなサッカーを研究し、そして対戦相手を的確に分析する小湊氏は、薩川体制に無くてはならないものとなっていた。

また薩川氏だけではなく、現U18日本代表監督の鈴木政一氏や、現在クラブのスポーツディレクターとして活躍する足達勇輔氏などの存在も大きかった。大物といえる指導者たちからも薫陶を得て、コーチング術の幅も広がっていった。そんな小湊氏だからこそ、薩川現琉球監督は新天地でも「副官」として彼の存在を求めたのである。

そして彼とサツの関係として、どうしても忘れられないのが、2012年シーズンの最終戦、南長野でのY.S.C.C.戦での出来事である。

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主審の判定に対して異議を唱え、退席処分になってしまった。当然ながら、この試合は薩川了洋の南長野ラストゲームだった。そんな大事な試合で、自分が退席処分になってしまったことを、非常に悔やんでいた。だが、それとて「サツを退席にはできない」とばかりに、小湊氏が先に行ったような感もあったのだ。

選手としては天と地ほどの差があった二人。そして本来ならば知り合う機会すらなかったかも知れない二人。しかし、パルセイロというクラブが二人を引き合わせ、そして今では薩川了洋がもっとも信頼する副官にまでに成長した小湊隆延。

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選手としてではないが、指導者として一歩一歩高いステージに上り詰めようとしている小湊氏だが、今は「沖縄のため」に頑張っている。それはそれで応援したところだが、ぜひとも近い将来、必ず「地元長野のため」に、いい指導者になって帰ってきてもらいたいものである。

2013年7月15日 (月)

緻密な美濃部流が長野を変える

改めて思う事だが、長野パルセイロというクラブは毎回素晴らしい指導者をよく見つけてくるものだ…と、本当に感心してしまう。

プロへの道を歩みだした地域リーグ時代、選手補強以上に驚きだった元イラン代表監督・バルディエール・バドゥ・ヴィエイラ氏の監督就任。さらにその後は、後に監督となる薩川了洋(現FC琉球監督)氏をコーチとして招き、JFL昇格に向けてのここ一番で現在はU18日本代表監督として指揮を執っている鈴木政一氏を強化部長に抜擢。そして今年からは、Jリーグでの指導経験が豊富な美濃部直彦氏を新監督に迎えた。

さて、通常のクラブであれば「監督交代」ということは、少なからずリスクがついてくるものでもある。積み重ねてきたものが、監督によって変わってしまう、または崩れてしまうおそれもあるからだ。しかし、この長野では交代があっても実にスムーズな流れを維持していることは、本当に驚きでもある。

パルセイロとして3人の監督を迎えた訳だが、指揮官の知名度もさることながら、その時代にあった的確な人選をしていることも見逃せない。

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地域リーグからJを目指そうとしたクラブ創成期(あえてそう表現します)は、クラブも選手もまだ若かった。だからこそ、みんなの「お父さん(おじいちゃん?)」として広い心で育て上げてくれるバドゥは適任だった。

そのバドゥの指導により、子供からユース年代(※比喩表現です)に成長したチームに、クラブは「お父さん」だけではなく「アニキ」の必要性を感じ、熱い男、サツカワを招聘。

そしてチームは熟成を続ける中で、絶対に負けられない時期を迎えると、「アニキ」よりも冷静に現状を分析できる「戦略家」が必要と判断し、鈴木さんを強化部長として招いた。すると、短期間のうちに「負けない試合運び」ができるチームとなり、見事JFL昇格を果たした。

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JFLにカテゴリーを上げると、長野のサッカーは見事に花開いた。バドゥが理想としていた、見ているひとがワクワクするようなサッカーを「サツカワ体制」の中で表現し、2年連続準優勝という好成績を残した。しかしクラブは、J2昇格イヤーと位置づけた「2016年」を見据えて、続投でもおかしくなかった薩川氏との契約を終了させ、さらにいいチームにするために美濃部氏を招聘。

2年連続JFLで準優勝し、JFLで1、2を争うほど充実した試合をするチームの指揮官となった美濃部氏には、それなりのプレッシャーはあった。これまでのサッカーの質を下げてはいけないし、逆にもっと高いレベルにまで成長させなければいけない。また、プロへの道をあゆむクラブだからこそ、選手の技術だけではなく「心」もプロフェッショナルにしていかなければいけない。

ただ単に、勝てるチームにするだけでは意味が無い。Jリーグのクラブにふさわし「堂々とした戦い方」を身につけさせること、そして子供たちの目標(模範)となるような「プロフェッショナル」な選手を育てることが彼に課せられたミッションであった。

サッカーの内容に関しては、システムこそ4-3-3から慣れ親しんだ4-4-2に戻ったが、サッカーの質、やろうとする内容は、これまでの試合より充実度、完成度は明らかに高くなってきている。先日、練習試合で対戦したザスパ草津チャレンジャーズ監督の木村氏は「去年までは立ち上がりとか、苦しい時には前に(長いボールで)蹴ってきたけど、今年は全然変わりましたね。どんなときでもしっかりボールを繋いでいくし、人が本当によく動いています」とチームの変化を語り、さらに昨年まで指揮を執ったFC琉球の薩川監督も「いやあ、前回の対戦の時よりも強くなっているよね。あっ、琉球が変わってないだけか?(笑)』と、チームの成長を認めている。

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そんな成長するチームの中で、注目したいポイントとしてあげるのが、美濃部監督が目標としている「数値設定」だ。例えば、どのチームでも年間はこの数までは勝利しようとか、この数だけは勝ち点を積み重ねたいという目標を設定するチームは少なくはない。だが、美濃部監督は勝ち点だけではなく、事細かくそれぞれのポジションに目標値を設定している。

簡単なところでは、失点率と得点率。1試合における平均失点は0.75、そして平均得点を1.67以上に設定し、これに合わせて守備の戦略や攻撃プランを組み立てていたのだ。前半戦のラストゲームとなった町田戦での話だが、美濃部監督は「勝ち点としては、我々が最初に設定していた数値はクリアできました。しかし、失点率という部分では、今のところで0.83であり、目標の0.75をクリアしてはいないので、そういうところから考えても、まだまだ成長しなければいけないのかな? とも思っています」と語ってくれたが、この琉球戦でも無失点に抑えた事で、ついに目標値である0.75に到達。

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長野サッカーといえば、多彩な攻撃力ばかりに目がいきがちだが、実は美濃部監督が就任してからは守備面での向上が如実なのである。昨年も準優勝を果たしが、得点57に対して失点は34でこの数字は失点、得点ともリーグ4位。そして1試合平均での失点率は1.41だったのである。それに対して、やっと半分をこえた時点だが、昨年の数字と比較すれば約半分に近い数字となっているのだ。美濃部監督は「お客さんに楽しんでもらえるサッカーをやりたい」とは言うものの、楽しんでもらえるサッカーをするには、まずはいい守備をしなければいけないという観点から、守備陣だけではなく、前線の攻撃陣にも積極的な守備戦術を施してきた。

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確かに、引退した籾谷に代わってディフェンスリーダーとなった大島は、かなり安定感を増してきた。しかし、大島や川邊が落ち着いた対応を見せられるのは、宇野沢や藤井といった前線の選手が、積極的な「前からのディフェンス」を見せているからである。そしてどの位置でプレスを掛けにいくのか? どの位置で奪いに行くのかということに対しても、監督は緻密に選手にアドバイスしているのだ。また、先日の琉球戦では移籍後初ゴールを決めた岡田も、攻撃面だけではなく積極的な守備を見せていた事は見逃せない。

薩川前監督の時代から、さらに緻密なサッカーが出来るようなった、長野パルセイロ。

確かに、薩川時代でもJFLのトップクラスであったことは間違いない。だが長野市には、J2基準を満たす箱(スタジアム)がなかった。それ故に、2011年シーズンは松本山雅の成績を上回りながらも、ライバルのJ2昇格をむなしく見送るだけだった。しかし、ライバルがJFLからJ2に戦いの場を移していく中で、ついに長野パルセイロは行政をも動かし、スタジアム改修への道にたどりいた。それでも完成はまだ先であり、結果的に最短でもJ2参戦は2016年からとなってしまっていた。

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だが、長野パルセイロというクラブは、この期間を「Jにふさわしいクラブなるため」の有意義な準備期間にしようとしている。「急がば回れ」という言葉があるが、今の長野には実にふさわしい言葉だと思うのだ。誇らしい新スタジアムとともに、堂々とした戦いのできるチームとして、J2元年を迎えるのも悪くはないはずであり、「2016年」に向けて真のプロ集団になるための準備を進める美濃部パルセイロには、これから先も注目していきたい。

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