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2013年6月30日 - 2013年7月6日

2013年7月 3日 (水)

帰ってきた町田の闘犬

町田ゼルビアにとって、先週は激動の一週間でもあった。

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6月23日、前期のラストゲームはホームで優勝を争うライバル、長野パルセイロと対戦したが完膚なきまで叩き潰されたのであった。美濃部体制に変わったものの、自分たちからアクションを起こし、しっかり繋いで崩していくサッカーの長野は、前期のラストゲームで今季最高の形を見事に示した。

それに対して町田は、恐ろしいほど無策であり、相馬、ポポヴィッチ、アルディレスが築き上げてきた「はず」の、攻撃的サッカーのかけらすら消え去ってしまっていた。そして皆さんもご存知の通り、秋田豊氏は翌日の24日に監督の座を解任され、楠瀬直木GMが監督代行としてチームの最前線に立つ事となった。

解任劇については、あの試合というより、その前のHonda FC戦でもそうだったし、もっと遡れば、ホンダロックとのゲームでスコアレスドローになったときに、すでに「無策」は露呈していた。まあ、SC相模原戦で今季初勝利を挙げたが、あの試合で見せた「効率のよさ」が、今季の「秋田ゼルビア」の鍵になるのかと思ったが、実際は違っていた。

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常勝鹿島で「勝ち方」「勝つ術」を、身を以て体感した秋田豊だからこそ、町田のサッカーを変えていくのかと思った。しかし、その後は現実路線のサッカーをする訳でもなく、これまでのゼルビアがやってきたような魅力的なサッカーをする訳でもなく、中途半端、いや何がやりたいのかわからないまま、時間だけがどんど過ぎてしまっていた。

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さて、もう過ぎてしまった話についてはこれぐらいでいいだろう。

今、町田ゼルビアにとって一番の重要な問題は、楠瀬監督代行がどうチームを変えていくのか? というところだけだったが、見事とは言い切れないものの初戦となるソニー仙台戦では「方向性」をしっかり見せてくれた。

試合は追いつかれてのスコアレスドローと、ホームゲーム、そして代行が指揮を執る最初のゲームとしてはあまりいい結果ではなかった。だが、相手は町田の一つ下の順位につけており、好調をキープしているソニー仙台であると考えれば、ベストではないが決して下を向く結果でもなかったと考える、そして、純粋にやっていたサッカーの内容と、選手の「戦う気持ち」という面にフォーカスを当ててみれば、わずか3日という準備期間の中では上出来とも言える内容をみせてくれたのである。

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やはりというか、当然であるが選手をいじってきた。

開幕戦以来、正直「干されていた」キャプテンの太田康介がピッチに戻ってきた。そして藤田をこれまでやっていたSBに固定し、前線にはアンデルソンを迷う事無く起用。

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確かに、90分間のゲームとしてみたときには、ソニー仙台の方が手数も多く、ゲーム自体もどちらかと言えばソニーのものだったことは間違いない。だが、そんな中でも町田は攻守の切り替えを速くして、これまでとは明らかに違う姿勢を見せていく。意図の見えない選手起用に、方向性が定まらない戦術。そして、時には選手に「リアクション的な動き」も要求したことがあった秋田前監督。だが監督が代わり、町田は息を吹き返した。

そんな「変化した町田」のキーマンになったのが太田康介だった。
彼は技術的には決して巧くはない。だが、ヤツ(あえてそう言わせてもらいます)には若い選手をも引きつける闘争心と強いハートがあった。

中大でキャプテンでありながらも、卒業後にプロになれなかった。卒業後に入るチームがなく、結果的に地元の埼玉SC(現さいたまSC)に入団。さらに翌年はザスパの下部組織であるチャレンジャーズチームへ。しかしここでも最終的にプロ契約を結べず、プロの道を半ば諦めて横河武蔵野へと活躍の場を移す。だが、この選択が彼のサッカー人生を大きく変えることとなり、このチームで選手として大きく飛躍し、その結果として町田が「プロ」として彼を迎えたのであった。

大学卒業から7年掛かってやっとJリーガーとしてデビューした彼だからこそ知り得る、サッカーをやれることへの喜び、そして周囲への感謝。さらに、裏街道が長かったからこそ知っている苦労。そんな経験があるからこそ、今の若い選手たちから兄貴分として尊敬され、絶大なる影響力を持っていた。

だからこそ、代行は「チームを再建させるための柱」に太田康介を選んだ。
しかし、別に今季のチームキャプテンだから、柱として選んだ訳ではない。

会見でコースケ起用について質問をしたが、その答えはすでに町田の公式HPにアップされているので、そちらを読んでもらえれば、詳しくわかると思うが、「こいつとなら心中してもいい」という言葉こそ、このチームの総意であり、その思いが彼の起用となっていった。

自分自身、開幕戦以来出場機会がなくなり、ときたま交代で試合に入るぐらいで、本来なら誰よりも苦しい時であったかも知れない。しかし彼は、「キャプテンという立場もあったので、さすがにそういう姿は見せられなかったこともあり、努めて普通にみんなと接していました」と語ってくれたとおり、常に明るい表情でチームをまとめ、試合前はこれからピッチに立つ選手たちに、ロッカールームで鼓舞してきた。

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そんな彼らしい「そぶり」を仲間だけではなく、GMもスタッフも見てきていた。
だからこそ、あの「彼となら心中してもいい」という言葉に繋がっていったのである。

さて彼のプレーだが、試合の入りでは非常に微妙だった(笑)
試合後に「別に緊張していたわけでは無かったのですが、久々の試合だったこともあり、ボールの動きや芝に慣れなくて、ミスを連発してしまいました」と語ってくれたが、確かに入り方は危なっかしかった。だが、徐々に試合にも慣れていくと、「町田の闘犬」ぶりを発揮。チームをもり立てる役目や、後ろからの速いタイミングでパスを入れ、リズムの良い攻撃の流れを作り出してくれたのである。

結果的に最後の最後でソニーに追いつかれてしまったのは、チームとしての課題でもあるが、それ以上にソニー仙台の「負けで終われない」という意地が勝ったところであり、あれはあれで仕方の無い部分でもあった。

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だが、秋田体制のときのドローと比べて、もやもや感がなかったこともまた事実。まあ、いきなり好スタートを切れればいいが、試合後の雑談の中でも「まだまだ課題はあるし、もっと町田らしいサッカーを築き上げていかなければいけない」と語っていた楠瀬監督代行にとって、満足できなかった試合であるが、代行も選手もそしてサポーターも「手応え」を感じた試合であったのではないだろうか?

あと残り16試合。

代行も選手も「優勝」は諦めてはいない。しかし、「チーム再建」という課題もやりつつ目標への道となる町田。半年間という遠回りをしてしまったが、今季の3強という立場は揺るぎないし、実力は当然持っている。だからこそ、この苦難を成長の糧として、さらなるポテンシャルアップを期待したいところだ。

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