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2013年8月29日 (木)

ついに勝ち取った天皇杯出場権

ザスパ草津が2005年からJリーグDIVISION2に戦いの場所を移した年から、チームがスタートした「ザスパ草津チャレンジャーズ」。

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ホームタウン(当時)だった草津ではJリーグを開催できるスタジアムはなく、JFLに所属していた2004年シーズンから実質的に前橋にホームを動かしていたが、この年より完全に前橋へ移転。それにともない「ルーツ」を忘れないために、という名目で作られたのがチャレンジャーズチームだった。

この「ルーツ」とは何をさすのか?

当然ながら、クラブのルーツとは発祥の地である草津町。そしてこの街で働きながら夢を追い続けることだ。しかし、結成を表明した当初から、「トップが下(前橋)に降りて行ってしまったための代替案(身代わり)」と揶揄されることも少なくはなかった。

だが、この街にやってきた選手は、みんな素晴らしいヤツばかりだった。
また、このチームの初代監督でもあった佐野達(現サウルコス福井GM兼監督)の人間性の良さも、チームがこの街に溶け込み、愛されていくことに一役買ってくれた。そしてもう一つというか一番大事なこととして、この人物がいたかこそ、チームと草津町との結びつきをが、より深いものになっていった。

その人は木村直樹。

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現役選手としては地域リーグ止まりだった。しかし、誰よりもサッカーを愛し、夢を追い続けた。そして彼が「リエゾン草津」をこの地に残したことが、今のザスパクサツ群馬に繋がっていったことは紛れも無い事実。

リエゾン草津の母体だった「東日本サッカーアカデミー」が閉校した際、チームだけは残したいと願う木村は、正直草津町の「厄介者」だったかも知れない。突然草津に「サッカーをやります!」なんていう学校を作ってはみたものの、案の定潰れてしまった。そこにいる選手たちは、草津とは縁もゆかりも無い者ばかり。そんなよそ者のチームに最初は多くの人が他人顔だった。しかし、木村の熱意はいつしか街の人に伝わるようになり、リエゾンはこの地に残る事となった。

東日本サッカーアカデミー開校と同時に94年からスタートしたリエゾン草津。このスタートとともに、水戸ホーリホックの前進であるプリマハム土浦から草津にやってきた木村直樹。ザスパクサツはのルーツは草津町であり、「夢を諦めない」ということなのだが、実は本当のルーツは木村直樹なのかもしれない…

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前置きが長くなってしまったが、木村直樹が草津で育て上げたチームが、ついに天皇杯の舞台にたどり着く事が出来た。サテライトリーグ廃止となった2009年から群馬県サッカー協会に所属するチームとなり、トップとは別に天皇杯出場のチャンスを得る事となったが、過去3年間は夢に届かなかった。そして今年、3年連続3度目の決勝進出で「3度目の正直」となったチャレンジャーズ。

今年のチームは昨年から11人の選手たちが残った反面、新加入は例年以上に少なかった。プロ選手を輩出しているとは言え、天皇杯にはまだ一度も出場していない県リーグ最下層である3部所属チームのセレクションには、なかなか人も人材も集まらなかったのである。

そんな中でも大卒組の久富良輔、小林誠に、昨年度の高校サッカー選手権に出場している深澤大樹という即戦力がチームに加わり、少ない人数(総勢15人)ではあるものの、着実にレベルアップを続けてきた。

しかし、どうしても普段のリーグ戦は県3部ということもあり、レベルがかけ離れた相手ばかりであり、試合をこなすことでの「成長」は、他のチームと比べて難しい部分もあった。だが、決勝トーナメントを前にして、前橋育英、長野パルセイロ、アルティスタ東御、朝鮮大学校という、レベルの高いチームと練習試合を組めたことは、チームにとって非常にいい機会となった。

特にパルセイロとの練習試合1本目では、彼らにとって大きな経験となり、教訓になるゲームでもあった。相手は週末の公式戦を戦うレギュラーメンバー。そんなガチメンバーと対戦できる素晴らしいチャンスを得たのだが、ここでのチャレンジャーズは「蛇に睨まれた蛙」となってしまい、相手の鋭いプレッシャーの前になす術が無かった…

当然ながら、1本目終了後のインターバルに木村監督の雷が飛んだ。「普段練習してきていることが何も出せて無いじゃない? 相手にビビるなよ」とハッパを掛けられた選手たちは、2本目、3本目は勝ちきれなかったものの、互角に渡り合う善戦を繰り広げ、格上に対して「やれること」「出来ていなこと」を確認することが出来たのであった。

そして真夏の激しい暑さの中で行われた桐生第一、前橋育英、上武大学との学生3連戦を苦しみながらも勝ち抜き、今年もtonan前橋にチャレンジする権利を得た。

それにしても、今年のチームには「核」となる選手は見当たらない。昨年までは中盤でゲームを組み立てる枝本の存在があったが、今年はそれに変わる目玉はいなかった。だからこそ、新戦力が加入したばかりの時期は、中盤をどう構成するかが悩みのポイントだった。当初は継続組で組んでみたときもあった。また、現在はCBの位置で落ち着いている小林誠を入れたときもあった。

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しかし、5月を過ぎたころから、高卒組の深澤大樹がメキメキと成長してきた。木村監督も「持っている技術はチームのトップクラス」と言うほど高い技術を持つ深澤。だが、当初は「高校生」レベルのプレーが抜けきらず、なかなか大人のサッカーに順応できてはいなかった。だが、チームに溶け込んでいくうちに、すっかり「中盤の顔」として成長。

だが、深澤の成長の影で、彼を献身的にサポートするだけではなく、チーム全体のバランスを取る事を第一に考える男の存在を見逃せなかった。深澤と中盤でコンビを組む藤井惇だ。シーズン当初はどんどん前に顔を出して、攻撃力を身につけた姿をアピールしてくれていたが、今は「縁の下の力持ち」として地味ながらも欠かせない大事な選手になってくれた。

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メンバーはたった15人しかいない。だからこそ、自分が好きなポジションを必ずしも出来るとは限らない。いや、少ないからこそ努力と練習を重ねて複数のポジションをこなせなければチームはやっていけない。また、ケガなんてしようものなら、メンバー構成も厳しくなってしまう。そんな厳しい中で「夢」を追い求めた選手たちは本当に成長した。だからこそ、今年は早い段階から「こいつらなら絶対に成し遂げられる」とも感じていた。

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そして迎えた決勝戦。立ち上がりこそ硬かったこともあり、相手にペースを握られたが、20分を過ぎてからは流れをひっくり返し、相手に思うようなサッカーをさせない。また、新加入の大卒組2人を加えた最終ラインの安定感も高く、昨年のような「穴」が姿を見せる事はなかった。

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あとは、先制点がどのタイミングで入るかだけだったが、後半の立ち上がりにセットプレーから久富が見事に奪い取り、万全の試合運びを見せていく。さらに圧巻だったのは、この日は途中からゲームに入った吹田の突破であった。彼がボールを持ってドリブルを仕掛けると、tonan守備陣はなかなか止めることが出来ず、CBの田中は連続して警告を受け、退場となってしまう。これでチャレンジャーズは数的優位になっただけではなく、ここで得たFKを小西が直接決め、ゲーム終盤にリードを盤石とする2点目を奪う。

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木村直樹と選手たちが目標としてきた「天皇杯」出場が、ついに目前に迫ってきた。時間もあとはアディショナルタイムの4分だけ。まあ、この時間に1点を取られてしまったのは反省点でもあるが、試合自体は完勝であった。

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試合に勝利して新しい歴史の扉をついにこじ開けたチャレンジャーズ。試合終了のホイッスルが鳴り響いた瞬間、選手はまっさきにサポーターのところへ飛び込んでいった姿はとても印象的であり、なんとも「らしい」シーンであった。このチームには、普段から選手とサポーター、そして街の人たちとの垣根はまったくない。

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顔を合わせればしっかり挨拶をするし、街の行事には積極的に参加する。練習を見に行けば、監督やスタッフ、選手たちが見学用イスを用意してくれる。また、練習や試合後には恒例となっている「選手からの一言」もある。

ザスパを応援する人の中には、トップチームが年々「普通のクラブ」になって行く中で、クラブの「原点」を常に持ち続けているこのチームに愛着を感じる者は少なくはない。クラブのルーツをしっかり守り、そして「ザスパ草津」という名前も守るチャレンジャーズ。だからこそ、サポーターから愛される存在となり、彼らとの深い絆が育まれてきたのであった。

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また、この日のサポーターの中には、5年間このチームで夢を求め続けた藤崎武馬の姿もあったのだが、試合後、キャプテンの安田が優勝トロフィーを彼に持たせたシーンは忘れられないものとなった。これまでの3年間、夢の舞台への切符を掴めず、志半ばでチームを去っていった数多くの選手たち。現在は慶応大学サッカー部でコーチをする冨田賢は、チームを去る際に残る仲間と後輩たちに「夢は託した」というコメントを残してくれたように、サポーターだけではなく、チームを去っていった仲間からも見守られ続けてきた。

選手は15人だけ。ホームタウンも規模が小さい草津町。サポーターの数も決して多くはない。でも、少なくとも小さくとも、草津温泉のように「熱い」仲間が一体感を作り出すこのチーム。そしてチームは、9月1日に天皇杯1回戦を迎えるのだが、その相手はJFL所属の横河武蔵野FCだ。

これまでやってきた相手とは比べ物にならないほど、完成度が高いチーム。さらにはアマチュア最高峰のJFLで長年活躍しているチーム。そんな相手と試合が出来ることは、チャレンジャーズにとって喜ばしい事でもある。

しかしだ、天皇杯に出て1回戦でJFLと当たるだけで満足してはいけない。1回戦はホームである群馬県(敷島)で行われるが、やはりここで勝って、群馬県内以外で試合をしてこそ、初めて「天皇杯に出た」というもの。ここが夢の終わりではない。試合までに残された時間は少ないが、いい準備をしていいコンディションで試合を迎え、2回戦、味の素スタジアムでFC東京と試合が出来るようにしてほしい。

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木村直樹の「諦めない心」を受け継ぐ選手たちなら、きっと出来るはず。
選手たちの「夏」が、まだまだ続く事を心から願いたいところである。

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