« 痺れる試合となったJFL入替戦1stレグ | トップページ | AC長野パルセイロ、美濃部監督会見 »

2013年1月17日 (木)

佐野達、全権監督でサウルコス福井へ

男女の大学選手権、高校サッカーなど、書こうと思うことはたくさんあるのですが、敢えて前・Vファーレン長崎の監督のことを取り上げたいと思います。

さて、前Vファーレン長崎の監督といえば佐野達さん。

Img_0035

3年でJリーグに行ける(戦える)クラブにすると宣言して2010年監督就任。そして約束の年であった3年目(2012シーズン)でクラブをJリーグ(J2)に導き、さらにはJFL優勝という結果を残した。だが、クラブはJリーグでの監督経験が乏しい(2009シーズンの草津のみ)という理由から、功労者に対して「契約満了だから」ということでサヨナラ…を言い渡した。

本当のことを言えば、経験が1年しかないというのは、あんまりどうでもよかったというか、もっともらしい理由をつけただけの話で、クラブ首脳にとっては最初からJ元年は「長崎県出身、国見OBで」と言うのがの「既定路線」だった。

確かに、後任となった高木琢也監督の方が、佐野さんよりも監督としての実績をもっていることは疑いない。やはり横浜FCをJ1に昇格させたことや、ロアッソなどでの確実な戦い方は評価されて当然である。だから「仕方がない」と思う部分もあるが、やはりクラブの「愛のない切り方」に対して、どうしても納得のいかない部分が強かった。

そんな辛い別れを経験した佐野さんの「次の挑戦」は、まさかの地域リーグだった…

北信越リーグ1部所属、福井県がホームタウンのサウルコス福井だ。

かつて、松本山雅や長野パルセイロ、ツエーゲン金沢にJSCを含めた「北信越4強時代」は弱小チームの一つであったが、4強時代が去り、リーグの状況が変わるゆく中で昨年はJSCを抑えて北信越リーグ優勝を飾り、地域リーグ決勝大会までコマを進めるまで成長。クラブは将来のJリーグ昇格(J3構想も含めて)向けて、佐野達に全てを委ねることにしたのであった。

もともと、草津(トップではなくチャレンジャーズ→現U-23)で指導を始めたのも、「光る選手を育てたい」「厳しい環境の中で指導者として成長したい」という「心意気」であった。また、草津、長崎と指導者を続ける中で、監督として強いチームを作るだけではなく、地元に愛され、誇れるクラブを作るという理想も膨らんでいたこともあり、今回のゼネラルマネージャー兼監督という「全権監督」という立場は、厳しいながらも佐野が求める最高の形だったのかも知れない。

長崎に最初に入ったときにも「まだ何もかもがプロクラブになりきっていないので、出来ることは何でもやるし、(クラブに)言っていかなければならない」とコメントしていた佐野達。ただ、長崎はその時点でJFLという立ち位置であったが、サウルコスの立ち位置は地域リーグ所属のクラブであり、戦力的でもクラブ規模でも観客動員でも収入面でも長崎には遠く及ばない。よって、長崎以上に難しい挑戦となるわけだが、草津の時のように「すねる部下と口うるさい職人」や、長崎の時のように「面倒な先生と銀行員」の介入はない(笑)

Dsc00001

正直、長崎の時のように「3年で」と言える環境ではない。果たして何年かかってJの舞台にたどり着けるかは何とも言えないが、「鬼軍曹」が立ち上がったからには、何年かかっても夢の舞台にはたどり着けるはず。ただ、かつて北信越で4強に割り込んでJへの挑戦を目指したクラブのように、「身の丈」に合わないクラブ運営をすることだけは避けて欲しいところ。

あとは、サウルコスに佐野人脈からどんな選手が入ってくるかも楽しみだ。

まあ何はともあれ、また再び北信越リーグがおもしろくなりそうであることは間違いない。そしてまた佐野さん特有の「オーバーアクション」が見られることは嬉しいかぎりでもある。

福井の皆さん、佐野達をぜひとも信じて後押ししてあげてください…

« 痺れる試合となったJFL入替戦1stレグ | トップページ | AC長野パルセイロ、美濃部監督会見 »

地域リーグ」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/176307/56560243

この記事へのトラックバック一覧です: 佐野達、全権監督でサウルコス福井へ:

« 痺れる試合となったJFL入替戦1stレグ | トップページ | AC長野パルセイロ、美濃部監督会見 »