« 真っ向勝負の末に散った日体大 | トップページ | 松本山雅・加藤監督会見(全文) »

2011年6月11日 (土)

吉澤監督更迭と山雅のその後

少し時間が経ってしまった話になりますが、松本山雅フットボールクラブは、成績不振を理由に6日付けで吉澤英生監督を解任し、加藤善之GMを監督に就任させることを発表した。

Img_0668_2

感想としては「随分仕事が早いなあ…」という今回の解任劇。ただ、今年はTMを含めて2試合しか山雅を見ていないので、チーム状況がどうなのか? という点では詳しくわからない。しかし、メンバーやシステムが定まらない現状や、松田の扱い方を考えると、やはり「ダービー」の山雅は特別だったのだろうか?

-------------------------------------------------------------

勝てなければ責任を取らされること自体、吉澤監督も大いに理解しているし、実際に今年のダービーの際には「負ければ明日は無いですから…」とこぼしてもいた。さらには、途中解任ではないものの、FC琉球監督時代には結果を出せず1年で退任に追い込まれた経験もある。吉澤監督はHonda FC時代から「プロ監督」の肩書きで戦っており、内容以上に結果が重要なことは当然熟知しているし、個性の強すぎる選手がいようと、自分の意志で獲得した訳ではない選手がいようと、それをまとめ上げ、目標に向かって進んでいくことが仕事だと理解していた。

しかしだ、今シーズンは思うように事が運んではいなかった…

シーズン開幕前の早稲田とのTMで見せた不安定さは、今にして思えば決して「たまたまかみ合わせが悪かった」ではないような気がするし、それを修正できないままチームは危険水域まで来てしまった。

昨年、堅い守りをベースに、鋭いショートカウンター戦術を徹底させ、後半戦のおいての「台風の目」となった山雅。そして今年は「J2昇格」だけ目標とし、ガチャを復帰させ、木島良輔、渡辺匠、塩沢勝吾といった経験豊富なベテランを積極的に補強。さらには、ワールドカップまで経験した松田直樹を獲得するなど、ある意味、J2クラブ以上にシーズンオフの注目を集めることとなった。

ただ、クラブは選手に関しては大型補強を行ったものの、監督に関しては現状維持を選んだ。いや、現状維持を選ぶと言うよりは、クラブの「財布事情」が吉澤留任という答えしか出せなかったというのが正解かもしれない。

Honda FCでは優勝&最優秀監督と、栄冠を勝ち取ったが、それも悪く言ってしまえば「名門Honda 」というベースがあったらこそのものであり、琉球での失敗をクラブはどう理解していたのだろうか?

-------------------------------------------------------------

また、「吉澤山雅」の3年間は常に劇的な展開が多く、2008年はリーグ戦で4位、全社でも4位とチャンスを無くしたかと思われたが、NECトーキンの「辞退」という結果を受け、地域決勝のチャンスを掴んだり、2009年もリーグ戦で4位に沈みながらも、途中の天皇杯で浦和レッズに2-0と勝利して、一躍全国区で注目を集めるクラブになると、全社準決勝で最大のライバル・パルセイロを奈落の底にたたき落とし、絶体絶命のピンチから一気に地域決勝出場権を掴み取り、勢いを持続してJFL昇格を勝ち取った。さらには、サポーターが最も燃える「ダービー(特にアルウィンで)」で、2008年以降はとにかく強かった吉澤山雅。

Img_3522_2

このように、記録以上に「記憶に残った」吉澤監督だが、冷静に北信越の2年と、JFL1年目を振り返ると、実はそれほど勝ち切れていないことが気になるのだが。確かに、チームをJFLに導いたことは、チームの歴史を考える上で「最大の功労者」であることは間違いない。だがその反面、2年連続して北信越で4位に終わったという事実も残されている。またJFL終盤でも、勝てば4位以内という大事な試合で星を落として、最後の最後で失速。

そんな現状と、補強した選手たちの経歴から考え、新しい監督を招聘する、もしくは加藤GM自ら監督になるという判断はなかったのだろうか? そして選手にとっても、クラブにとっても、吉澤監督自身にとっても、そしてサポーターにとっても「あの時期(シーズンオフ)」に円満な別れを迎えていれば、このような事態にならなかったのではないだろうか?

ただ、すでに新しい体制となった今、どうこう言っても話は前に進んでいかない。

今、山雅がクラブとして責任ある姿をみせることは、もう一度「確固たるクラブビジョン」を提示することと、現場で戦う選手・監督だけではなく、フロントスタッフを含めたクラブに関わる人たちが「危機感を持って戦うこと」であろう。

監督クビを替えたら終わりではない。そして成績不振は監督だけのものではなく、当然ながら動けなかった選手たちの問題でもあり、現場を統括しきれていなかった加藤GM(現監督)の責任でもあるのだ。

自分が切られなかったら「いい」ではなく、いかに残された人たちが危機感を持って「この先」に挑めるのか? 次のアルテ高崎戦は、山雅の「今後」を示す大事な試合であり、さらには「1年を左右する」といっても過言ではない試合となるだろう。

加藤新監督率いる松本山雅が、どう変わるのか、非常に楽しみである。

Img_3629_2

そして吉澤英生さん、約3年半という期間、本当にお疲れ様でした。またいつか、どこかの監督として戻ってくる日を待っておりますよ…


« 真っ向勝負の末に散った日体大 | トップページ | 松本山雅・加藤監督会見(全文) »

JFL」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/176307/51913753

この記事へのトラックバック一覧です: 吉澤監督更迭と山雅のその後:

« 真っ向勝負の末に散った日体大 | トップページ | 松本山雅・加藤監督会見(全文) »