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2010年1月17日 - 2010年1月23日

2010年1月22日 (金)

噂の合併がついに実現

前々から噂をされていた「合併」がついに実現された

以下、藤枝MYFC公式HPより引用します
http://myfc.jp/owner/modules/d3blog/details.php?bid=512

藤枝MYFCはこのほど東海一部リーグ所属、静岡FCと統合の合意に至りましたのでご報告いたします。

この件につきまして、明日23日(土)、藤枝総合運動公園 第一会議室にて、記者会見を行います。

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藤枝MYFCは、昨年の静岡県リーグ公式戦(4月26日 本田浜松-FCアスルクラロ沼津戦)の審判当番不履行という事態を起こしてしまい、リーグから5順位降格処分が下され、東海リーグ(2部)昇格に失敗していた。

しかし、チームには元日本代表DFの斉藤俊秀をはじめ、元Jリーガーも在籍しており、来季の処遇(というか所属カテゴリー)に対しては、非常に興味を持っていた。さらに、東海リーグ1部に所属する、静岡FCの慢性的な財政難の話が噂され、実質的なオーナーであるカズの父・納谷宣雄氏の回りでは、チーム解散、もしくは身売りの話もささやかれていた。

さすがに、7年連続で地域決勝の壁を超えられなかったのは、チーム運営上厳しい事だった。JFLまで上がれれば、その先の視野も広がったはずだが、結局最後までその視野は広がらずじまいだった。

さらに2009年はリーグで3位に終わり、あとは全国社会人大会を残すだけだったが、その大会でもスタッフは監督とコーチの2人だけ、選手もベンチ入り登録17名よりも少ない15名だけの登録と、本当に「必要最低限」のみで大会に参加していた。そこには、かつてJリーグを目指す!と言った頃の勢いは完全に消えていたのだった。

そして、その大会の時にある関係者と、「東海リーグ昇格に失敗したMYFCは、県リーグで1年足踏みをするのは非常に厳しい。さらに静岡FCは来年のチーム運営が非常にあやういらしい。上に行きたいMYFC、チーム「だけ」はどんな形でも残したい静岡FCの互いの利害が一致するから合併話はかなり有力だね」という話をしていたのですが、まさかそのとおりとなるなんて…

まあ、このチームに関しては、今季ぜひ見てみたいチームの一つとなることは間違いありまえせん。しかし、この合併により東海リーグで戦うこととなる「刈谷FC」にとっては、強力なライバル出現となりますね。

※実際には、まだ合併した新チームが、そのまま東海1部に残るということは、リーグ側から正式回答が出ていないことも付け加えておきます。

太田康介、町田ゼルビアへ

今更の話ですが、私の期待する選手の一人なので掲載。

1月14日、町田ゼルビアは、完全移籍で横河武蔵野FCの太田康介を獲得したことを発表した…

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先日、杉山琢也の話を軽くしましたが、この太田康介も「佐野門下生」の一人。

中央大学ではキャプテンとしてチームをまとめつつ、プロでプレーすることを目標に努力を重ねていた。しかし、大学卒業までに「進路」は決まらず、結局は関東1部リーグの埼玉SC(現さいたまSC)でプレーすることとなる。背番号「45」という大きな数字だったが、最初からレギュラーに抜擢され、新人でありながらチームの中心として活躍。結果的に2005年関東リーグ・ベストイレブンにも選出された。

さて、この年のシーズン終了後は、再びプロへの道を志すこととなる。Jクラブのテストをいくつか受けたが、最終的に合格内定をもらっていた、ザスパ草津の下部組織である、チャレンジャーズチーム(現ザスパ草津U-23)への入団となる。

1月からチームに合流したが、その時からチーム1の視野の広さと、ロングパスの制度の高さは群を抜いていた。当時、チャレンジャーズチーム監督だった、現Vファーレン長崎監督である佐野さんも、「長いの(ロングパス)蹴っていいのはコースケだけ」と、技術の高さを大いに認めていた。さらに、ボールを奪う読みとタイミングの良さに、ミドルシュートの正確性も高く、トップ昇格候補の選手として、サポーターから注目されるようになる。

しかしこの年途中に、徳島からベテランMF秋葉忠宏が加入(レンタル移籍)したこともあり、シーズン中にトップチームに昇格することは出来なかった。だが、シーズン終了後に大きなチャンスが訪れる。

植木繁晴監督(現GM)も、その能力の高さを認め、シーズン終了後にトップチームに合流させ、契約に関して進展しそうな気配を見せる。しかし、これには裏があった。それはシーズン途中に徳島からレンタルで加入した秋葉の動向が左右されていたのだ。秋葉が徳島を戦力外となり、障害なく草津に加入できればそのままボランチは秋葉。だか、秋葉が徳島に戻る or 移籍金が発生する場合は太田と契約するということだったのだ。

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結果的には、秋葉は徳島を戦力外となり、草津に完全移籍を果たすのだが、それと同時に太田康介の契約話も破談となってしまった。こうして、コースケは草津を去ることとなり、再び新しいチームを探すこととなるが、草津での1年間は決してムダではなかった。

2007年からJFLの横河武蔵野でプレーすることとなるが、1年目は大学院に通い、教員試験に向けた勉強と練習を交互にこなすハードな日程が続いていた。それでも即レギュラーを獲得し、チームに貢献。JFL3年目の09年は、過去最高成績となる2位という大躍進の原動力となり、さらにはJFLベストイレブンも獲得。

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正直、横河でのコースケのプレーを見ていると「なぜ植木さんは、コースケと契約しなかったのか…」といつも疑問に思う。これに関しては、確か2007年1月に行われたサポカンでも、どなたかが話題にしていました。あの正確なミドルシュートとロングパスに、広い視野。中盤だけではなく、攻守の要として複数のポジションをこなせる器用さも持ち合わせている。絶対、将来性のある選手だと思っていたのので、なんとも惜しいことをしたと思います。

さて、太田康介くん本人ですが、かつては「教職を目指すかも…」と言っていましたが、やはりプロは彼の憧れであり、「サッカーに集中できる環境で上を目指したい」ともコメントしていた。

そんなこともあり、新しいシーズンに動きがあるか注目していましたが、今年、Jリーグ昇格を目指す、町田ゼルビアへの移籍が決まり、まずは「よかった」と感じた。決して恵まれた環境とは言えませんが、自分が求めていた「集中できる環境」のチームに入れたのだから…

しかし、ここからがコースケの本当の意味でのスタートラインなのかも知れない。新しいチームでまずはレギュラーを獲得し、そして自身の力でチームをJリーグまで導くこと。この両方を達成することこそ、今年の目標というか「最低限のノルマ」ではないだろうか?

正直、昨年は一度もゼルビアを見る機会はなかったが、今年は必ず会場に足を運ぼうと思います。そして、恩師でもある佐野達の前で、「進化した姿」を是非見せてと欲しいとも願います。

余談ですが、私個人的に「石堂和人」がお気に入りの選手でして、コースケと石堂のコンビに激しく期待してしまったりしています。

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2010年1月20日 (水)

仲間たちの新しい挑戦

Vファーレン長崎は、元ザスパ草津・アシスタントコーチの堺陽二がヘッドコーチに就任し、DF藤井大輔やMF杉山琢也など、8選手が新たに加入したことを発表。

とりあえず長崎のみなさん、佐野さんを含めてこの4人、よろしくお願いします。

ヨージは私たちにとって、ザスパ草津・U-23チームコーチの木村直樹と同じぐらい大切な「仲間」。ザスパの前身である、リエゾン草津からただひとりJリーガーになった男で、まさに木村コーチと並んで「ミスター草津」と呼べる存在。

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正直、長崎に所属する佐藤由紀彦よりも年下で、プロとしてのキャリアもヨージの方が断然下。でも、日の当たらない選手でも、努力すればいつかは「夢が叶う」ということを実現した選手。技術は巧くない、キャリアもたいしたことがない。そんな「3流選手」だった彼だが、彼にしか教えられないこともある。

人よりも走り、人よりもボールを追う。そして何事も最後まで諦めない。技術は劣っても、その「気持ち」があれば差を埋めることが出来る。ヨージはそれを体現していた選手。これからJリーグという舞台を目指すチームにとっては、ヨージの存在や教えが、「精神面」で大きなプラスになると思います。

次に藤井大輔。

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広島ユース時代は、前田俊介、柏木陽介、槙野智章らとプレーし、全日本ユースで優勝を経験。トップ昇格こそならなかったが、新潟でプロとしてのキャリアをスタート。しかし、なかなか出場機会を得られず2007年に草津へレンタル移籍。07年、08年は期待されたにも関わらず、不安定な精神面が悪影響して植木政権下では、実績を残せなかった。

しかし、09年から佐野達氏が監督に就任すると、レギュラーに抜擢。コーチ時代から佐野さんは、自身と同じCBのポジションだった藤井の才能を高く評価していた。「アイツは本来こんなところ(J2)にいるべき選手ではない、本当ならJ1でやらなければいけないぐらいの選手なのだが…」と言うぐらい、見込んでいた。

確かに能力が高いことは間違いない。負けん気の強いDFであるが、その負けん気ややる気がカラ回りすることも多かった。さらに終盤はU-23から昇格した有薗慎吾の台頭で出番を失い、昨年限りで契約満了となってしまった。しかし、年齢的にもまだ伸びしろはあり、彼を評価する指揮官の下であれば、今度こそ「化ける」可能性は大。藤井にとって今年は「リベンジ」の年となるだろう。

そして最後に杉山琢也。

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佐野門下生の一人であり、チャレンジャーズチームからトップデビューを果たして、Jリーガーとなった選手。そして、「1期生」の中で一番期待していたこともあり、恩師の下で今度こそJリーガーとして復活してほしいと願うかぎりである。

右のSB、攻撃的MFと複数のポジションもこなせる選手。元々はFWの選手だったが、チャレンジャーズチーム内にSBがいなかったこともあり、佐野監督にコンバートされ、そのポジションで才能を開花させた。スピードのあるサイド突破こそ、タクの最大の魅力。最終の第4クールでレギュラーを掴み、Jリーグ通算9試合出場(656分間、得点0)という数字を残したものの、戦力外となり翌年は岐阜、07年から昨年まではJFLのアルテ高崎でプレーしていた。

本人曰く「28歳までが勝負」と語っており、次の誕生日で28歳を迎えるタクは、文字通り今年が「勝負の年」となる。藤井同様、恩師の下で花開いて欲しいと願う選手である。

さて、肝心の佐野さんだが、新年のインタビューで新チームの抱負を「2点取られても3点取るサッカーをやる、全員攻撃・全員守備のトータルフットボールを完成させる、サポーターの皆さんに喜んでもらうような試合を披露する」とコメント。

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良くも悪くも「ブレない」人である(笑)
なんせ、内容がザスパ時代に掲げたものと、まるっきり同じなのだから…

ザスパの植木繁晴GMは「失点したあとに3点取って勝つなんて難しすぎる」、「失点したあとの対処法に工夫がなかった」、「(チームプランに)こだわりを持ちすぎたことで、逆に盲目になってしまった」と分析し、佐野さんと契約を終了させた。だが、長崎での所信表明は、まさに「あのまま」だった。

ここまで書けば、「ホント、この監督で大丈夫なのか?」と思う人もいるでしょう。

確かに、指揮官1年目をトータルで評価すれば、「落第」と言われても仕方のない内容だった。しかし、佐野さんのチャレンジャーズチーム時代の選手育成は好評であったし、昨年の最終第3クールは、自分の方針や采配を含めて悪かった部分を修正し、来年に繋がる(チームの)ベースを作ってシーズンを終えていることなどを含めると、決して「ダメ指揮官」ではないと思われる。

序盤は新人監督としての「若さ、甘さ、経験不足」が露出してしまい、結局のところ落ち着いて全体を掌握できたのは最後の最後だった…。1年を通して、苦悩が続いたシーズンであったことは間違いない。だが、上手くいかないことが続いたからこそ、得られた教訓も多かった。

さて、新規一転となる今年だが、J昇格という目標のあるこのチームの舵を、熱血漢・佐野達はどのように切っていくのだろうか? 今から非常に楽しみでもある。

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