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2010年6月11日 (金)

U-23にもたらされた4つの変化

ザスパ草津チャレンジャーズチームが、「ザスパ草津 U-23」という名称に変更して4年目となる今年、チームに変化が起こっている。

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変化の1つ目は、活動(活躍)の場が変わったことである。これまでは、Jサテライトリーグが彼らの主戦場だったが、2010年シーズンは中止(実質2009年限りで廃止)となったことを受け、新たな活動の場が必要となり、その場を県リーグ(結局は群馬県4部リーグ)に変えた。

2つ目は、これまでは「トップ昇格する」という、あくまでも個人目標しかなかったU-23に、チーム全体で目標とできるものが出来たことだ。県リーグ参加により、天皇杯予選への出場が可能となり、実力次第では本大会でJクラブと真剣勝負が出来る道が開けたのである。

3つ目には、複数年この地で頑張る選手が増えたことにより、選手育成やチーム作りに継続性が持てるようになった。

4つ目には、U-23に入るまでは、大きな経験や名のある場所でのサッカー経験の無い選手たちと、有名大学や大きな舞台を経験してきた選手たちが、いい意味でライバル関係が築けるようになってきたこと。

以上4点の変化により、ザスパ草津U-23は大きく生まれ変わろうとしている。

「県4部からのスタート」は、彼らの実力から見て正直不憫としか言いようがない。植木繁晴GMも、県リーグ参加に当たっては、群馬県協会に「2部からやらして欲しい」と正式に依頼はしたものの、協会の返答は却下で最下層である4部からのスタートが決定。まあ、これについては仕方がない。しかし、実力差がありすぎることで、リーグ戦で戦っても得るものも少なく、経験にもならないので、選手のモチベーションコントロールは難しいところだが、選手は「天皇杯出場」という別の目標が出来たことで、モチベーションについては十分カバーされている。

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いや、十分カバーされているというどころか、新しい目標(天皇杯出場)が選手にこれまでなかった「緊張感」を生み出し、これがチームにいい意味で変化をもたらしている。これまでは、サテライトリーグだけしか実戦の場がなかったU-23。個人評価は別として、チームとしては正直なところ勝っても負けてもあまり関係は無かった。だが、今年からは「天皇杯出場」という、大きなチーム目標が生まれた。出場できたらいいね…ではなく、Jクラブの下部組織として、出場することは「義務」であると決めたのだ。出場するイコール、予選は全部勝つということになる。

確かに、練習試合であろうと、サテライトリーグであろうと、負けていい試合はない。だが、これまでは「トップで通用する選手になる」ということが目標だったチームだからこそ、あまり勝敗は重要視されていなかった。だが今年は、公式戦において、負けることは許されない状況が出来たのである。これが選手にプレッシャーを与えると同時に、「やらなくちゃいけない」という気持ちをさらに強くさせた。

そして、この「やらなくちゃいけない」という気持ちを、特に強く持ったのが、草津で4年目の藤崎武馬、3年目の成田憲昭、冨田 賢、古矢 翼、市川朋紀、宮下 薫、飯山悠吾、高崎真紀、森川勇大だった。大卒組のナリ、トミ、ユーゴはそれぞれ今年で25歳、4年目のタケは24歳。彼らにとっては今年がラストチャンスという思いが特に強い。さらには、同期入団組(タケにとっては1年後輩)の有薗真吾が、トップで不動のレギュラーを獲得したことは彼らの目の色を変えた。また、その他の3年目組は、これまでにサテライトリーグどころか、練習試合でも自信なさげにプレーしていたが、彼らも昨年の終わりぐらいから、一気に意識が変わってきた。

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言い方は悪いが、3年目組の森川やイチ、翼、高崎は、高校時代に特に大きな試合に出た訳でもなく、大会で結果を残したこともない、どこにでもいる無名選手の一人だった。宮下にしても甲府ユースでプレーしたが、特に注目されていた訳でもない。言うなれば、みな、雑草のような選手だった。当然ながら、入団当初はみな体の線も細く、自信なさげにプレーしていたことをよく覚えている。しかし、彼らもトミやナリ同様、「このままではいけない」、「周囲の評価を見返したい」という思いから、昨年末あたりから急激に成長してきた。

また、3年目の雑草組にとって、昨年入団してきた「大卒組」に対してのライバル心が、彼らの能力を大きく伸ばす事に繋がっていく。かつては自信なさげだったイチや森川は、練習でもガツガツいくようになり、いつしか大卒組をおしのけてチームの中心的選手へと成長していく。また、今年入団組の目玉でもあった天野恒太と高橋大の存在が、チーム内競争に拍車を掛ける起爆剤となる。

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この天野と高橋だが、ともに国士舘大学卒で、関東大学リーグ戦やインカレ、さらには天皇杯で活躍した経験を持つ選手。彼らのこれまでの活躍ならば、本来、トップチームに入団していてもおかしくない選手であるのだ。特に大学3年時の天皇杯(2008年)では、4回戦まで進出し、鹿島アントラーズ相手に、あともう少しで勝利!というところまで追い詰めた経験を持つ。ちなみにこの鹿島戦で得点を奪った選手こそ、この天野と高橋なのだ。そんな選手が、なぜかU-23にたどり着いたのである…。

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で、彼ら2人の経歴は、雑草組から見れば「まぶしすぎる」もの。だが、実は雑草組と国士舘卒の2人は1987年生まれの「同級生」でもあるのだ。確かに相手は「大きな勲章」を持っている。自分たちに比べて、日の目の当たるサッカー人生を歩んできた。だが、今は同じ土俵にいるのだから、負ける訳にはいかないもの。同じ年の「エリート」の入団が、彼らだけではなく、チーム全体に闘争心を生んだのである。

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高橋とポジション争いをする森川は、必死に独自のカラーを出そうと、ウエートトレーニングの他に、裏へ抜け出す研究に余念がない。かつては体の線の細さに、自信のないプレーで、こりゃダメか…と思われたイチだが、今や中盤の底でゲームを組み立てる絶対的司令塔に成長。中盤の底でイチのパートナーを務める翼も、今はバランサーとして開花している。4年目のタケは、とくにかく動き回り、相手を攪乱してドロ臭くゴールを奪う姿に磨きをかけている。体の線は相変わらず細いが、ドリブル突破にキレを増す宮下など、今は大卒組3年目と変わらないどころか、個性はすでに抜かした感もある「雑草組」。練習から気迫を出す彼らのプレーに触発され、当然ながら高橋、天野もより進化を見せている。

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しかしだ、このようなチーム内競争が本格化したことは、U-23が「1年単位」のチームから変わったことと無縁ではない。かつてのチャレンジャーズ時代は、「原則1年」だったが、U-23という名称となり、将来性、やる気、選手の意向の3つが噛み合えば、複数年在籍できるようになったことで、長い目で選手を育成できるようになった。この点は木村コーチも認めており、今後はより継続性のあるチーム作りをしていきたいと考えている。また、常に天皇杯出場できるチームを作り上げ、将来的には関東リーグ1部で、常に上位争いが出来るチームにしていきたいという意向を持っている。(U-23のJFL参戦に関しては、チームの財政的な観点から「無い」とのこと)

かつては、いつ(トップから)声がかかるわからない状況の中でサッカーに取り組んでいたU-23だが、今は別の目標ができ、チーム内競争も激化したことにより、チームの雰囲気は大きく変わったといえるだろう。木村コーチも、今まではチームに実績がないので、なかなかいい選手が来てくれないと、愚痴をこぼしていたが、今年からはチームとしての実績を作れる場を与えられたのである。U-23は選手が「チャンス」を掴む場であったが、木村コーチにとっても、実績を作る大きな「チャンス」が訪れたと言えるはず。

選手だけではなく、コーチもチャンスをしっかりと掴んでほしいところだ。

さて最後に、もう一人の「雑草」の話をもう少し…

その雑草とは流通経済大学卒で2年目の星野崇史である。経歴だけみれば浦和ユース→流経大とエリートコースのように見えるだろう。確かに、2年生の時にJFLチームに昇格して、実際に試合にも出るなど順調に頭角を現しているかに思われた。だが、当時は感情がプレーに出てしまうことが多く、いらない場面でファールしたり、無用なイエローをもらう場面があり、中野監督、大平コーチから、メンタルをコントロールし直せ!ときつく言われた時期もあった。

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3年生の時には、伸び悩みも重なってしまい、JFL→ドラゴンズ(クラブドラゴンズ・関東1部)→iリーグ(インディペンデンス・リーグ)と徐々にチーム内でのカテゴリーを下げてしまい、一時期腐っていた時期もあったと大平コーチは言う。結局最上級生となった4年生時も、4軍扱いとなるiリーグから、なかなか抜け出せない。結局、エリート街道を進んできたと思われた星野だが、一つの挫折から立ち直れないまま、大学生活を終えてしまったのだ。

選手として諦めきれない星野は、Jクラブの入団テストを受けるも全て落選。結局、最後に残ったのが、このザスパ草津U-23だけだったのである。これまでのサッカー人生は、言い方は悪いが親や周囲から「やらさせてもらっていたもの」だったが、ここでは全て自分の力でやらなければなにも始まらない。活動する、生活するためのお金を自分で稼がなければいけない。社会人と選手という2つの生活をこなさなければいけない。

練習場も、流経大のように素晴らしいコートが何面もあり、トレーニング施設が充実してなんてことはありえない。しかし、草津には彼らを暖かく見守る町の人や、応援するサポーターがいた。彼らに励まされながら、星野は「失われた2年間」を徐々に取り戻していき、さらに成長しようとしている

エリートから挫折を味わっても、復活の時を常に狙う。星野のような選手は、ある意味、ザスパにマッチすると思う。天野、高橋、市川に並ぶトップ昇格候補生の一人に成長しているが、いったい誰が有薗真吾、杉本裕之に続いてトップ昇格するだろうか? こちらも天皇杯予選の経過と合わせて注目したい。

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