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2010年1月12日 (火)

必然だった山梨学院大付属高の優勝

第88回高校サッカー選手権 決勝戦
山梨学院大学付属高校 1-0 青森山田
【得点者】
11分:碓井(山梨)

この日の青森山田は、準決勝以上に「何か」が違っていた…

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準決勝の関大第一戦で、FW成田鷹晃が負傷により途中交代していたが、このケガにより決勝戦の出場は最後まで危ぶまれていた。10日の駒沢で行われた前日練習では、成田不在という事態も考えた4-2-3-1もテストしてた青森山田だったが、本人の「悔いを残したくない」という意志を尊重して、黒田剛監督は成田をピッチを送り出していた。さらにこの他にも、キャプテン椎名伸志は常にヒザのケガと向き合いながらのプレーであり、右サイドアタッカーの遠藤竜史も痛み止めの注射を打ちながらという状態で、大半の選手はどこかに故障を持ちながら決勝のピッチに立っていた。

対する山梨学院も、ベストメンバーではあるものの、この日で通算6試合目となり、疲労はピークを達していた。

このように、両者ともベストとはいえないコンディションの中で迎えた決勝戦だったが、試合は山梨学院の強烈な先制パンチが炸裂して始まった。キックオフと同時に猛攻を仕掛ける山梨学院。ハイプレッシャーを仕掛け、相手中盤は機能不全に陥ってしまう。名将・横森巧監督は「相手の前半20分間の動きはいつも素晴らしい、さらに決勝のようなビッグマッチで序盤に失点することは取り返しのつかないことになる。だがらこそ、相手にペースを握らせないためにも最初から行こう」と徹底させていた。また、青森山田のラインを下げさせるためにも、とにかくシュートで終わろうということも指示していたが、これが見事にはまることとなる。

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開始直後から猛攻に晒された青森山田は、完全に自分たちのサッカーがやれないまま、前半11分の失点シーンを迎えてしまった。山田としては、最も注意すべき選手だった碓井をあまりにも自由にしすぎてしまった。いや、山田の戦術としては、碓井対策は特に練ってはいなかったのだ。相手の長所を奪うのではなく、自分たちの目指す攻撃サッカーで相手を凌駕しようとしていたが、正直そのプランは今の山田にとってあまりにもリスキーであった。

準々決勝の神村学園戦のようなコンディションと調子を保てていれば、山梨学院にも十分対応できたであろう。しかし、満身創痍の中では到底、あの試合を再現するのは無理だった。そして何よりも、この日の山田は椎名とコンビを組む柴崎岳のパフォーマンスは残念ながら大会の中で一番悪かった…

この日の柴崎のポジションはボランチというよりも、完全にトップ下であった。そして椎名はワンボランチのアンカーのようだった。この2人がバランスを取り合い攻撃を組み立てるのであれば、それは山田のペースである。だが決勝は完全に柴崎は攻撃だけに偏ってしまい、椎名一人で中盤の広いスペースをカバーすることとなってしまう。さすがにこれでは荷が重すぎた。

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しかし、前半30分を過ぎると山梨のラッシュもややペースダウン。これと同時に、青森山田も試合に順応し始めてくる。守備面では貢献できなかった柴崎だが、攻撃センスの高さは「さすが」と思わせるプレーを見せる。さらに左サイドバック中島龍基が攻撃参加するシーンも増加しだす。両者とも、それぞれのカラーを出し合い、ともに攻め合った前半は1-0のまま折り返す。

さて後半に入ると、試合はリードされている青森山田が必死の猛攻を見せることとなる。だが、初戦以降4試合無失点で来ている山梨学院のディフェンスは、予想以上に強固であった。高さのある関篤志は、相手FWに制空権を握らせなかった。ディフェンスリーダーの中田寛人は170センチと小柄でありながらも、読みと冷静な判断で相手攻撃をシャットアウト。さらにはボランチ宮本龍は豊富な運動量で中盤の守備に奔走。何度も攻撃を仕掛ける青森山田だが、山梨学院の守備の前に結果的に外へ外へと追いやられていた。

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攻勢に出てペースを握っているかのように見える青森山田だが、全体が連動して守る山梨学院の前に実は封じ込められていた。今大会、攻守に渡って大活躍だった山梨左SBの藤巻謙は「試合中にGKと話して守備ラインを修正できるようになった」と試合後に語り、さらには「(点が)取られる気はしなかった」とコメント。1試合ごとに成長するチームに手応えを感じ、仲間に対する大きな信頼が生まれ、自分にとっても自信が生まれ、試合中でも精神的余裕を持つことが出来たのだった。そして、前半よりペースダウンしてしまった攻撃だが、数こそ多くはなかったが絶妙のカウンターで青森山田ゴールに襲いかかる。

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後が無くなった青森山田だが、相変わらず椎名と柴崎の連動は影を潜め、柴崎の「ひらめき」に頼るだけのような形が続いていた。そしてこの日は、中盤をコンパクトにして細かく繋ぐ本来の姿はあまり見られず、最後はDFの櫛引信敏を投入しパワープレーを選択。結果的に最後まで「らしさ」を見失っていたのは青森山田であった…

この交代も試合の流れを変えることは出来ず、そのまま1-0で試合は終了し、山梨学院大学付属高校が初出場・初優勝という偉業を達成して今大会の幕は閉じた。

試合終了を告げるホイッスルが吹かれたと同時に、感極まって涙した山梨学院の選手たち…

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Jのジュニアユースで育ち、才能が高い選手が集まっていたことは否定できない。しかし、数名の選手はユースチームに上がれず、横森監督の誘いでこの学校に来た選手たちだった。本格強化が始まって2年目の2007年に入学した今の3年生にとって、選手権に出ることこそ、この学校に来た「意義」だった。しかし、昨年は県予選で韮崎に敗れ出場権を得られなかった。キャプテンの碓井はその時「やっぱり他のJユースに行けばよかったなあ…」と悩んだそうだ。しかし、キャプテンに指名されてからその迷いは消えた。新チームとなった時に、進学時に夢見た選手権出場の想いを再び強め、仲間と「全国制覇」を目標を掲げ、そこからチームは飛躍的に成長して行った。

さらに、山梨学院の勝利の裏側を考えたときに、ヘッドコーチの吉永氏の存在を忘れてはならない。名将・横森巧の影に隠れているが、この人の緻密な対戦相手分析がなければ、山梨快進撃は無かったかも知れない。ただ単に「優勝するぞ!」という漠然とした目標を立てたとしても、1試合1試合をしっかりと戦って勝ち抜かなければ意味はない。山梨学院は試合ごとに目標を持ち、相手をしっかり分析して戦っていた。そしてそこには「先を考えること」はなかったのだ。常に1戦必勝である。いくら優勝する!と言っても、目の前の試合を勝たなければ、優勝はあり得ない。結果的に1戦1戦しっかり戦ってきた山梨学院の優勝は、後になってみれば「必然」だったのである。

そして名将は、自身初となる、国立競技場での胴上げを経験した。山梨県大会の決勝で、日本航空高校に3-1と勝利して、初の選手権を決めたときに横森監督は「どうせするなら国立でしてくれよ」と言っていたのだが、まさかこれが実現するとは…

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横森巧、現在67歳。かつて韮崎高校を率いて、5年連続ベスト4以上に進出し、そのうち3度決勝の舞台に立ちながらも、すべて準優勝で終わった悲運の名将。韮崎工業で指揮を執り、ここでも全国の舞台にたったが、3回戦で涙をのんでいる。その後は「現場」を離れ、山梨県サッカー協会の役職や、ヴァンフォーレ甲府のアドバイザーを歴任。しかし、山梨学院からのラブコールで、2006年から総監督として現場復帰。そして、今年から高等部の監督に復帰すると、あれよあれよという間に選手権出場を勝ち取るだけではなく、26年ぶりに国立競技場に舞い戻り、さらには「27年前の忘れ物」まで取り戻してしまった…

横森監督は「私はラッキーなだけです。運がよかっただけですよ」と謙遜したが、どうしても「運命」と感じてしまう…
自ら「今回が最後です」と言った名将が、最後の最後に優勝を勝ち取ってしまうなんて、少しかっこよすぎです(笑)

とにかく、横森監督、そして山梨学院の選手たち、おめでとう!

しかし、この日の決勝戦のユニフォームの色って、61回大会の決勝戦と同じなんだよなあ
青が清水東で緑が韮崎。そして青が優勝した。そして今回は青が山梨で緑が青森山田。これって縁なのか因縁なのか…

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